2009年10月11日 - 今年もまた“美味しく楽しく懐かしい”CLUB XVのオフ会に(後編) |
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まず最初に、先にアップした初日(10月10日)のレポートには、多数の間違いと脚色が含まれていることをお断りしておきたい。あのレポートでは夕食直前に現われたことにな っているトモキ・オータさんが最初の記念写真に写っていたり、最初の記念撮影のときに会ったことになっているKAZさんは、 実はそのときにはまだこちらに向かって走っている途中だったり、そのテの間違いだ。 なんでこんなことになったのかというと、当日の私は詳細なレポートを書く気などさらさらなく、メモをするわけでも写真を撮るわけでもなく、ただはしゃいだ気分のまま、漫然とその場の雰囲気に浸っていたからである。反省することしきり。 |
| おまけに2日目の朝は、少々寝過ごしてしまった。このテのイベントでは、たいてい最も早起きか、遅くても2番目あたりの目覚めの良さが自慢だったのに、なぜか今回は中盤以降。気がついたら、小屋の外ではすでに数人が火を起こし、昨夜の残飯を漁ったりマシンの整備(セッテ ィング)をしたりしていた。 あまりの寒さと床の固さのために熟睡できず、外が明るくなる前に起き出して焚き火に当たっていた去年よりも、今年ははるかに快適に眠れたということか。ちゃんとした寝袋とクッションのおかげだろうか。 さて、2日目の朝食は…と書こうとして、またもや記憶が曖昧なことに気がついたので、かわぐちさんに |
| 電話で確認した。誰かが持っているフライパンに、自分で卵を割って落としたかすかな記憶の元は、卵とトマトの炒め物だった判明した。 チリビーンズもありましたよね? …と聞くと、どうやらそれは前夜の残りだったらしい。そういえば「これ、めっちゃ美味いやん」とか言いながら食べたような気もするし、去年のことだったような気もする。 健忘症の疑いあり? いや、それにしてはJB店長号のフロントフォークの動きとか、おーくま号のリアまわりの挙動とか、まめしば号の舵角のつきかたとか、和歌山さんに聞いたXV開発当時の話とか、そういったバイク関係のことはしっかり覚えている。これぞ変態オヤジの証か。 | |
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朝食のあとは、みんなでU字溝を元の位置に戻したり、余った食べ物や飲み物を分配したり、それぞれの旅支度をしたり、人の荷物積載シーンを観察したり手伝ったり…そんなこんなで、気がつけば10時すぎ。 今日の予定は、ここから岡谷方面に抜ける道の途中にあるパーキングに集まって、記念写真の撮影と試乗会。眼下に諏訪湖が広がる、素晴らしい眺望の場所である。 和歌山さんもクルマで登って来られた。下の写真は、私が和歌山さんのカメラで撮ったので、彼は左から 2番目のXJ900の横に立っている。このときはまだKZ1300が始動せず、下の駐車場で押しがけの最中だったので、 kz1300-a1さんと、手伝ってい |
| た鈴木ヒロさんが写っていない。 撮影後は1人…また1人と救援に向かい、最後は大人数で押しがけ〜始動して戻ってきた。 kz1300-a1さん&みなさんおつかれさまでした。 実は私のマシンもこの朝は押しがけでないと始動しなかったので他人事ではない。そろそろバッテリーを替えたほうがよいかもしれない。 試乗会に先立ち、自薦・他薦を合わせて数台のマシンを和歌山さんに試乗してもらい、それをネタにバイカーズステーション誌のページを作る…という計画(この時点で編集長了承済み)は、昨日の開会式のときに皆さんにお伝えしたとおり。で、昨日のGS1000、スポスタ883、 TR-1 JB店長号の他に数台、ここで和歌山 |
| さんに試乗してもらい、その模様を私が撮影することになっていた。 ところが、いざ試乗会が始まってみると、あの和歌山さんが実はyajiさんも真っ青の狼オヤジだということが判明。3台目あたりで「もうこのへんにしとこ…」と言ってたくせに、続いて4台、5台、6台…と、試乗を終えて戻ってくるたびに「これが最後」を繰り返しながら、次々とマシンを替えては試乗に向かう。それも、オーナーから「乗ってみてください」との申し出があったマシンだけではないから驚きだ。 トモキ・オータさんのXJ750Eに乗 ったあとには「やっぱり、オートバイっちゅうのは、こういうのがええんやなあ…」な〜んて発言も飛び出 | |
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し、一同、驚くやら喜ぶやら…。 ここでの和歌山さんはもう、乗って書けるジャーナリストというよりは、ただのバイク好きの狼オヤジと化しており、昨夜のウルサい酔っぱらいぶりに続いて、その本性があらわになったのである。 12月1日発売号に載る予定の試乗レポートがどんなものになるか、怖いもの見たさな気持ちを交えて楽しみにしたい。 ふと気がつくと、時刻はとっくに12時を回っており、楽しかったイベントもそろそろお開きの時間。山を下って岡谷方面に向かう関東勢と別れ、関西勢+まめしばさん+kz1300 -a1さん+ 和歌山さんのグループは 地元伊那の小池モータースの小池さんの案内により、関東勢とは反対の方向に山を下る。途中、地元の人にしかわからないような抜け道を繰り返して伊那市内に入る。この区間で私が、和歌山さんのクルマ(どうや |
| 満腹になった一行は、ここで関西高速組/関西下道組/その他に別れて帰路につく。関西下道組の私は、往路と同じくかわぐち隊長に従い、トモキ・オータさんとともに、とりあえず飯田を目指して出発した。 かわぐちさんお気に入りの広域農道〜ジモティー顔負けの抜け道を通り、気がつけば中央道・飯田山本ICの近くに出た。コーヒーでも飲みたいなあ…と、3人とも同じことを考えながら走っていたのだろう。道端にあった喫茶レオの駐車場に吸い寄せられるように乗り入れた。入った途端、別嬪のママさんがいてびっくり&ドキドキした。が、まあ、その話は措いといて、ここから先、どういうルートで帰るかを相談した。 ずっと下道で、しかし遠まわりをせずに京都&滋賀まで帰りたいかわぐちさんとトモキ・オータさん。対する私は往路と同じ伊勢湾岸道経由 |
| で国道25号につなぎたい。 ツーリングマップルを睨みながらかわぐちさんが決めたのは 国道153 〜418〜県道66〜20〜国道19 …というルートだった。 私は国道418号に入らずに153号をまっすぐ行き、 県道39号を経て豊田松平ICから東海環状道〜伊勢湾岸道をつなぎ、みえ朝日ICで降りて 国道23〜1〜25号(名阪国道)を通って帰ることにした。 帰りの伊勢湾岸道では“もう大丈夫だろう”と、腰上オーバーホール後初の高速全開走行をしてみた。もちろん何の問題もなかった。だが、それよりも嬉しかったのは、4000〜 6000rpm の広い回転域(トップギアだと100〜140km/h)にわたって振動が激減していることだ。心地よく感じる速度域が上のほうに広がったのを感じながら、その理由をあれこれ考えていると、復路の残り区間はあ っという間にすぎてしまった。 | |
ら奥様の普段の足である軽自動車を借りてきたらしい)の運転のあまりの遅さにイライラしていたのは、ここだけの内緒の話である。 小池さんに連れられた我々が着いたのは、三州街道と伊那街道が交差する伊那市入舟にある“中華飯島” というお店だった。全員、メニューを確かめるまでもなく、名物のソースカツ丼を注文。しばし間をおいて出てきたのは、右の写真のような特大のカツ丼だった。これがいわゆる “並”である。健啖家揃いのメンバ ーにもかかわらず、完食したのがわずか3人だったといえば、あるいはこの私でさえ最後のほうは、咀嚼から嚥下までに居心地の悪い間が必要だった…といえば、常識はずれな大きさがおわかりいただけると思う。 |
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