7月2日・金曜日。
朝、目を覚ますと、さすがに表通りに少年たちの姿はなかった。
われわれは、朝食の時間が始まると同時に
階下のレストランに入る。
どこにでもあるようなセルフサービスの朝食だ。
アプリコットジャムのたっぷり詰まった固いパイと
レーズンやらピーナッツでトッピングした
店子盛りのサラダを食べ
けっこう濃い目のコーヒーで満腹になったボクは
Wさんとともにサーキットに向かった。
途中のアウトピスタ上で
とんでもない速さのアウディ・クーペに抜かれた。
「あれはきっとライダーでしょうね…」
…などと話しながら出口にさしかかると
やはり。フランス人ライダーの
ジャン・フィリップ・ルジアが運転していた。
現役ライダーをはじめ、レース関係者には飛ばし屋が多い。
危険と隣り合わせで仕事をしている彼らのスピード感や判断力は
常人の感覚では理解できない。
メディアパーキングにクルマを停め
重い荷物を背負ってメディアセンター(プレスルーム)まで歩く。
通路の両側には
各チームのホスピタリティーテントが林立している。
マールボロ、ロスマンズ、ラッキーストライク、HBなど
大企業のスポンサードを受ける大チームは
チーム員の食事、スポンサー関係者の接待
プレス関係者の招待などのため
ホスピタリティーユニットと呼ばれる大型のテントを張っている。
横には、調理室、会議室、仮眠室
事務室などを備えたトレーラーやバスが停まり
中でできた料理をふるまったり、ジャーナリストに資料を配ったり
ライダーのインタビューをしたりする場として機能しているのだ。
準備の整ったテントに適当に入って朝食をよばれるのも良し
目的のチームのテントに入って
顔なじみのメンバーと雑談するのも良し。
今年(93年)からは、日本人チームにも
ようやくホスピタリティーテントを持つところが現われた。
そこで料理と広報活動を担当しているのが
シャモニーからブリュッセルまで会いに行ったM嬢だったのだ。
日本人チームで唯一のホスピタリティーテントとあって
M嬢の仕事場は
いつも日本人チーム関係者とプレスで賑わっていた。
コーヒーをごちそうになったわれわれは
一旦プレスルームに行って荷物を置く。
Wさんがその日の動きに合わせてレンズを選んで
カメラを組み立てる横で
新しいプレスリリースに目を通し
同じ雑誌のカメラマン・iさんと打ち合わせをし
電子メールでの連絡がないか
ニフティにアクセスするのがボクの毎朝の日課だ。
そうこうしていると
午前9時からの予選スケジュールまで、あまり時間はない。
午前中の各クラスのフリー走行でも
午後の各クラスの第1回公式予選でも
日本人ライダーの好調ぶりが目立っていた。
250ccクラスでは、オーストリア、ドイツ、オランダの3戦で
優勝から遠ざかっていた原田が復調の兆しを見せ
125ccクラスの7人の日本人ライダーにも
優勝の可能性が感じられた。
天気はずっと安定していて、暑く、湿度は低い。
走りの写真が撮りやすいコースということもあって
午後はボクもコースに出て走りを撮ることにした。
コースに出るときは
ミネラルウォーターのボトルを提げて行く。
半袖・半ズボンで歩いていると
陽射しは強烈だが気温はそれほどでもないことがわかる。
予選が終わり、コメント取りにパドックを一周して
プレスルームに引きあげると、午後6時だった。
いくら南国スペインとはいえ
まだまだ日没まで3時間近くある。
「晩メシ、どこにしましょう?」とボクが言うと
Wさんはすでに調査済みで
場所を記入した市街地図をポケットから出した。
「ここに小雪って日本食屋があって…」というわけで
われわれはホテルに帰って荷物を降ろし
すぐにバルセロナ市内に向かった。
Wさんの誘いは、ボクにとってもちょうど良かった。
知り合いに頼まれていた“ハープを奏でる天使像”の写真を
明るいうちに撮影できるからだ。
Wさんの地図を見ると
サグラダ・ファミリアと小雪は近かった。
バルセロナには何度も来ていたが
サグラダ・ファミリアを見るのは初めてだった。
“あのトウモロコシの芯を突っ立てたみたいな建物だから
迷うはずはない”
…そう思ったのが間違いで
近づくと、なかなか見当たらない。
まわりに高い建物があるうえ
街路樹が繁っていて見通しが効かないのだ。
おまけに、やたらと一方通行の道路が多い。
モタモタしていると
暗くなって撮れなくなるのではないかと心配になったとき
ようやくサグラダ・ファミリアの前に出た。
写真を撮るだけなので、違法駐車をして
カメラを持ってあわててクルマを降りた。
正面に、ガウディの芸術が吃立していた。
写真で見るよりもはるかに乾燥した、脆そうな材質だ。
並んで立つクレーンが、建築途上であることを示しているが
その気になれば、短期間で完成させることだってできそうだ。
が、それをしてしまうと
“今なお建築中”という“売り”がなくなってしまうから
わざとゆっくり工事しているのだろうか。
見学者用のゲートはすでに閉まっていたが
塔の壁面に取り付けられたいろんな彫刻は
フェンス越しに撮影できる。
“よしよし、これでOK”と、カメラを構えた途端に“!”
撮るべき被写体が
何をしている天使像なのかを忘れてしまった。(^_^;
仕方がないので、彫像という彫像を片っ端から撮りまくった。
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右が『ハープを奏でる天使像』。誰だか忘れてしまったが
写真撮影の依頼主の話では、日本人の作品であるらしい。
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