65 二日酔いのドライブ

しかし、どんなに遅くても
29日の昼までにはシャモニーに帰らなければならない。
頭のどこかに義務感があると
どんなに酔っていても
そうそう長時間寝られるものではない。
“ヤバい、寝過ごしたかな?”と思って時計を見ると
まだ午前2時だった。
とりあえず、走れるところまで走ろうと
ボクはアールストからブリュッセル方面への高速道路に乗った。

深夜のヨーロッパの高速道路は空いている。
見える範囲にクルマが一台もいないことも珍しくない。
だが、睡魔に襲われる確率は日本の高速道路よりは低い。
マナーの悪い先行車のペースや
不当に低い制限速度で走るのではなく
自分が緊張感を保てる速度で走れるからだ。
走り出して2時間ほどでルクセンブルクに入る。
帰路も、うまい具合にルクセンブルクでガソリンがなくなった。
往路に給油してから495km走って51リットルの消費。
180km/hで巡航を重ねても、のろのろ市街地を走っても
このクルマの燃費には大きな差がない。

途中で何度かコーヒーブレークと仮眠をとりながら
ストラスブールまでのオートルートを走る。
フランスでは、ガソリンスタンドの売店に
コーヒーの自動販売機がある。
ストラスブールからドイツに入る頃に赤味を増してきた空からは
スイスに入ってまぶしい陽が差してきた。
真夜中よりも、朝日の中を運転するほうが
睡眠不足の目にはこたえる。
清潔感を通り越して潔癖感を感じさせる
スイスの高速のサービスエリアで
コーヒーとサンドイッチとスープの朝食をとった。
通勤途中と思しき人たちが何人か
同じような朝食を食べ、新聞に目を通していたりする。

9時すぎ、ようやくマルティニー〜シャモニー間の
最後の峠道にさしかかり
もうすでに昼間の強さとなった太陽に照らされる
モンブランを眺めながら
10時ちょうどに、Wさんの待つHotel de l'Arveにたどり着いた。


午前2時にアールストを出
8時間で850km走ってシャモニーへ。
さらに、グルノーブルを経て
ペルピニャンの先のユィまで…。
この日が、激走の中でも
最も走行距離の長い1日だった。


Wさんはまだ朝食を済ませていなかったので
となりの“さつき”にいっしょに行って
二人で朝定食を食べた。
ボクがいない間、彼は、下山してきたM先生やTさんと
ゴルフをしていたそうだ。
観光地・シャモニーでは半日で5,000円もするそうだ。

さて、この日(6月29日)は予定どおりアンドラへ向かう。
ホテルに戻ってチェックアウトし
昼前にシャモニーを出発したわれわれは
イゼール川に沿ってアルベールビル
グルノーブル経由でローヌ川沿いに出
地中海岸のモンペリエ、ペルピニャンを通って
アンドラに入ることにした。
シャモニーからしばらくWさんに運転をお願いし
ボクは横で休ませてもらうことにしたのだが
このあたりは、今が1年で一番美しい時期だと思うと
寝てしまうのは惜しい気がした。

グルノーブルをすぎたあたりだっただろうか
100km少々走ったところで運転を交代した。
二日酔いのせいか、ちょっと頭が痛いが大丈夫。
新しく開通したオートルートは
一面のブドウ畑の中を進み、次第に高度を下げながら
パリからリヨンを経てマルセイユに通じる
フランスの最重要幹線[A7]に合流する。
真昼だというのに、窓から流れ込む空気は冷たい。
道端ではラベンダーの花が、紫色のじゅうたんを広げている。

マルセイユに向かうオートルート
[A7-E15]の途中で給油と昼食にした。
ここのガソリンスタンドは値段が高く、5.42フラン/リットルだ。
シャモニーでは5.19フランだったから、相当な開きがある。
“しまった、道路脇の価格標識をよく見とけば良かったな”
…と思ったが
いつもガス欠ぎりぎりまで走ってから満タンにするので
次のガソリンスタンドまで
無給油で走れるかどうかわからないし
腹も減ったのでここで給油した。

昼食は、ほうれん草とチーズがたっぷり入ったキッシュと
ナッツの入ったソースがかかった
フライドチキン+グリーンピース
それに0.5リットル瓶入りの天然炭酸水とコーヒーだ。
Wさんも似たようなものを頼んで
いつもポケットに忍ばせている
小さなパック入りの醤油をかけて食べていた。
ボクももらったことがあるが
どうしようもない“無味”な料理に出くわしたときなど
あれはなかなか重宝するものらしい。

遅い昼食を済ませたわれわれは
[A7-E15]を、地中海岸めざして南下を続けた。