37 バラトン湖畔を行く(2)


駅周辺の線路は、デルタ形に配置されていた。
駅舎から右手に歩いていくと
本線の“Balatonfenyves”駅のホームと平行に
ナローゲージのホームがあり
客車が数両、編成を終えて停まっていた。
まったく人影はない。
ひっそりしたホームの端に立ち
本線と平行に延びる線路の先を目でたどっていって
危うく声を出しそうになった。

フリーハンドで描いた線のように延びる二条のレールの先に
蒸気機関車と思しき物体が見えたのである。
その物体は、ゆらゆらと薄い煙を立ち昇らせている。
走りだしたい衝動をこらえ、望遠レンズで覗いてみた。
生きた蒸気機関車だっ!!


駅舎の横手を通る線路の先に
小さく、黒い物体が見えた。
右側のフェンスの向こうは
標準軌の本線の駅。
ここの線路配置を眺めて
沼尻を思い出したボクって
やっぱり鉄ちゃん?


何度かシャッターを押して、やっと走りだすことができた。
近くまで行ったら全然別の物体だったとしても
今ここでファインダーに映っているのは蒸気機関車だから
それを撮っておかないと安心できない。そんな気持ちだった。

線路脇の草に足をとられながら
200メートルばかり走って近寄っても
やはりそいつは蒸気機関車だった。
アウトサイドフレームのC型タンク機だ。
ひととおり観察を終えたボクは
それ以上シャッターを押すのを断念した。
曇天の朝6時に、真っ黒な蒸気機関車の写真など
うまく撮れるわけがない。
背後には機関庫があり
ディーゼル機関車や車両の部品などが転がっている。

それらを眺めていると
どこからともなく、ひとりの男が近づいてきた。
ボクには、それが機関士であることがわかった。
軽く会釈すると
彼は、たぶんハンガリー語だと思う言葉で話しかけてきた。
残念ながら、まったく意志は通じなかった。
でも「ノスタルジなんとか…」と言ってたので
おそらく保存機関車だったのだろう。
彼は釜に石炭を放り込むと、どこかに帰っていった。


遠くから見えた黒い物体は
珍しいアウトサイドフレームの
C形タンク機だった。
ピカピカに磨かれていて
火も入っており
すぐにでも自力で
走行できる状態だ。




火を落とさないということは
たぶん、日に1回は動かしているのだろう。
何時に動くのか、どこまで走るのか
何を牽くのかなど、まったくわからない。
でも、わからないほうが良かったかもしれない。
ここでこれ以上足留めを食らっては
いったん帰国したWさんを
約束の時間にフランクフルトで
ピックアップできなくなってしまう。

“機会があれば、今度は数日かけて撮影と調査をし
写真と原稿を鉄道雑誌に売り込もう”
そう考えたボクは、駅舎に引き返して時刻表の写真を撮り
近いうちに再訪することを誓って
バラトンフェニヴェスを後にした。

バラトンフェニヴェスから先も
湖の南岸に沿って[7-E71]を行く。
15kmほどでやや大きな街
Boglarlelleを通過し
そこから25kmほど走ると
湖畔最大の街・Siofokに出る。


ブダペストへの道は、なおもバラトン湖に沿って進む。
ときおり、リスやテンが道路を横断する街道を50kmほど走って
やっと湖畔最大の町・シオフォク(Siofok)に着いた。
周辺部には、比較的新しい時代にできたホテルや商店が多いが
ここでもやはり、葱坊主みたいな屋根の教会に面した広場を中心に
古い街並みが残っている。
建物の外観は、もう、ほとんどウィーンと変わらない。

噴水を配したシンメトリックな広場に
マリア・テレジアの像があって、何ら不思議ではない。
オーストリアとの眺めの違いは
建物の窓辺に飾られた花の数と種類が少ないことくらいだ。
ここではほとんど
濃いオレンジ色のゼラニウムしか見かけない。