クロアチア側のボーダーに、国境らしい建物はなかった。
道端にある何個かのコンテナハウスが
イミグレと税関のオフィスだった。
あたりの空き地には
建築用資材らしきものが山積みされているが
見ようによっては瓦礫の山にも見える。
国境にふさわしい建物の建設は
途中で何ヵ月も放置されているようだ。
係官は、遮断機の設けられた未舗装の路上で検問をしている。
クロアチアから出国しようとする車は長蛇の列。
荒涼とした景色に緊張が高まる。
|
スタロッド〜リエカ間は30km弱。
イストラ半島基部の峠を越えると
道はリエカ湾に向かって下る。
海に出たところで
左に向きを変えれば
リゾートタウン、オパティヤ。
まっすぐ行けば
ほどなくリエカの街に入る。
|
わずか数百メートル手前の
スロヴェニアのボーダーとのあまりの違いに
両国のおかれた立場の差を感じないわけにはいかない。
“この先の通行の安全は保証されているのだろうか?”
ふと、不安がよぎる。
だが、入国には何の問題もなく
パスポートにスタンプを押しただけで遮断機を上げてくれた。
クロアチアに入ってすぐ、道端に
50×100cmくらいの、キノコの絵を描いた看板が立っていた。
近づくと、道端の空き地で老婆が二人、キノコを売っていた。
クルマを停め、歩いて引き返すと
パラソルの下の小さな木箱に乗ったカゴの中に
ハッタケとシメジが入っていた。
英語で話しかけると
老婆たちは困ったような顔をして首を横に振った。
|
看板とパラソルだけを
日当たりのいい道端に置き
日陰で休みながら
いつ来るとも知れぬ
客を待つ老婆たち。
|
身振り手振りにドイツ語の単語を交えて
日本から来た観光客で、キノコを買う気はないこと
そして、地面に数字を書いて
以前にも何度かここに来たことを伝えた。
リエカ、ザグレブ、オパティヤ、ザダールなど
行ったことのあるクロアチアの地名を並べると
ようやく老婆たちの表情が和らいだ。
手のひらを胸に当て「いっひ りーべ フルヴァツカ」と言うと
二人ともニコニコ顔になった。(^_^)(^_^)
別れぎわに「フヴァーラ・リイェポ、ナ・スビダーニャ」と
セルボ=クロアチア語であいさつしたら
ひとりは「グーテ ライゼ」
もうひとりは「トゥット ベーネ」と見送ってくれた。
|
老婆たちと別れて
しばらく走ると
急に道は新しくなり
目の前にリエカ湾が広がった。
湾の向こうには
ダルマチアの山々が見える。
|
ここから先、道はアドリア海に向かって徐々に下っていき
海岸に出る手前を左に曲がればリエカ
右に曲がれば、アドリア海岸随一のリゾートタウン
オパティヤに通じている。
ボクはリエカの街が好きだった。
クロアチア最大の港町で
同国第2の都市であるリエカには、観光名所がない代り
港町ならではの、活気にあふれた人々の生活があったのだ。
果たして今回は…?
クロアチア独立以後初めて訪れたリエカの街は
以前と何ら変わっていなかった。
オパティアからリエカまで続く海沿いの並木道には
以前と同じように散策を楽しむ人々の姿があったし
街の中心の、リエカ港に面した海岸通りの
昼なお暗い街路樹の下で営業しているカフェも
そばのバス停の人ごみや
その脇の歩道上にあるキオスクの賑わいも
すべて昔のままだった。
|
旗が並ぶリエカの海岸通り。
右手がリエカ港で左手が官庁街。
この道をまっすぐ行ったところに
内陸をザグレブ方面に行く[M12]と
海沿いにザダール
スプリットを経て
ドブロブニクに達する
[M2-E65]の分岐がある。
|
変わったことといえば
海岸通りの中央分離帯に、いくつも並んだ大きな旗の束が
ユーゴスラビア国旗ではなくクロアチア国旗になったことくらい。
政治体制が変わり、国が変わっても
街は相変わらず美しく、人々の生活は活気に満ちていた。
海岸通りの端、フェリー乗り場の入り口に
クルマを停めたボクは
そこにいたクルマのドライバーに話しかけてみた。
彼の車は、プジョーの205。
ややくたびれてはいるが、現行モデルだ。
リアウィンドゥには“HR”のステッカーが貼ってある。
“HR”というのは“Croatia”を
セルボ・クロアチア語で表記した“Hrvatska”のイニシャルである。
ボクは、自分が以前、何度もリエカに来たことがあり
クロアチアとリエカの街が大好きで
今回は仕事の合間に街のようすを見にきたことなどを話した。
隣国との戦争のことを質問すると
「もっとむこうの海沿いを中心に Some Fighting はあるが
このエリアでは Fighting はなく
みんな平和に暮らしている」という返事。
ザグレブを経てハンガリーに至るルートも
通行には何の支障もないだろうということだった。
大好きなリエカの海岸通りをしばらくぶらぶらしたボクは
クルマに引き返し、北に向かって走りはじめた。
時刻は午後7時をすぎていた。
|
|